第8回 聴覚障害者と医療

今朝、突然娘が誕生日の歌を歌いだしました。「そうだ今日は、私の誕生日。(ほんの少し幸せ)娘を産んでよかった!」思えば娘を身ごもった時、聞こえに不安を感じて耳鼻科診察を受けたのでした。
 「出産するともっと聴こえなくなるよ!」と耳鼻科部長は診断しました。私の質問(じゃ、出産はできないってこと?)をさえぎるように「はい、次の患者!」と。頭の中が真っ白になり、「これから私はどうなるのだろう?」将来の不安でいっぱいでした。

 婦人科の医師は「出産で聴力が悪くなるなんて聴いたことがないなぁ~」と。患者は勝手です。良い話だけに耳を貸します。私も「大丈夫心配ない!もし聞こえなくなっても、芽生えた命には変えられない!」そう決心して出産に臨みました。しかし、出産だけでなく3人の育児、仕事、家事に大変な体力を使い、聴力は段々と落ちてきました。

 現在私は、左が90dB右が60dbの難聴の看護師です。両耳に補聴器を装着して勤務をこなしています。もう、補聴器を使うようになってから十数年になります。看護師は、人の命を預かる仕事です。私のような聴こえにくい看護師が仕事を続けることがよいのかどうかずいぶん悩んだ時もありました。悩んだ挙句、私のようなものでもきっと何かお役に立てる看護ができると信じ、看護部長に相談し勤務場所に配慮をして頂き、与えられた場所で精一杯努力してきました。

 私が勤める場所は、皮膚科外来です。比較的静かな環境です。医師や周りのスタッフには聞こえが悪いこと補聴器を付けている事を伝えています。看護助手の方には大変お世話になっています。聴こえのことについての講演会などで情報を得た時には内容を読んでもらったりして、聞こえのことを話してきました。やがて聴こえの問題はお互いが歩み寄ることが大切だと、理解してくれるようになりました。

 医師の中にはいまだに「聞こえない人には大声で」と言った受け止め方があります。また聴こえないことを伝えているにもかかわらず「さっき言ったじゃない!」と叱責する無理解な医師もいます。そんな時はしばらく悩みますが、伝えなければ理解が進まないと思い、何とか自分の思いを伝えてきました。

 聞こえの悪い患者様が来ると筆談器を持ち出し、片言の手話や筆記で通訳をします。診療内容が上手く伝わり、安心して帰られる患者様を見ると嬉しくなります。

 難聴者協会でお世話になった方が、「血尿が出て検査をしても診断できずになんだか分からない。主治医は6ヵ月後に再検査と言うけれどこのまま放置しておいても良いか不安で仕方がない。」とメールを頂きました。詳しい内容を伺っていると、泌尿器科で診察・介助をしていた時の知識などでおかしいと感じることがありました。すぐ信頼できる医師に紹介をすると、悪いものだと診断されたそうです。

 しばらく連絡がなかったので心配をしていました。ご主人から電話があったと聞かされたときに訃報の連絡かと身が固まりましたが、聴こえないご本人が電話に出て、「あなたは命の恩人よ!」と言ってくださいました。こんな私でも、お役に立てたことが本当に嬉しく反対に感謝の気持ちでいっぱいでした。

 昨年、私は大学病院で手術を受けました。今度は自分自身が聴こえにくい患者の体験をしました。入院時から耳マークを常備して説明を受けるたびに耳マークを提示して来ました。看護師をしていても知らないことはたくさんあります。担当の看護師は、聴こえないことに対して思いやりを持って対応してくれました。聴こえなかったことは面倒がらずに何度でも繰り返して答えてくれました。しかし中にはマスクをかけたままで話をする看護師もいます。決して悪気があるわけではなく、感染予防上仕方のないことではずしてほしいとは言えません。

 再度、看護師長に聴こえの問題を話し合ってほしいとお願いしました。勤務病院で聴こえない患者様の対応の仕方を書いた資料などを渡してカンファレンス(医療職間での話し合いのこと)を持ってもらうことになりました。そうすることで、私は、一度言っても伝わらないかも知れない患者と言う意識付けができました。

 全身麻酔にしても不慣れで不安の塊でした。病棟師長さんから、手術直前までは補聴器を装着することを提案してもらい、麻酔科医に伝えて頂き安心して手術に臨みました。麻酔科医の術前診察時に聴こえないことを伝えると、大声で話され同室者から同情されました。できれば、個室(予診室)でしてほしいものです。プライバシーの保護がありませんでした。こうあってほしいと、伝えられなかったことが悔やまれます。

 麻酔からさめるまでは、補聴器を付けないことも約束してもらいました。ボリュームの合っていない補聴器を眠っているまま付けていることは知らない間に耳を傷めているかも知れないと思ったからでした。

 全身麻酔から覚めると、無事に手術は終わっていました。看護師は、聴こえに配慮して話されるので、補聴器もしばらくは使用しないままですんだ事はとてもよかったです。全身を耳にして聴くことは本当に疲れるからです。同室者とのコミュニケーションにも苦労しましたが、伝えることで何とか分かっていただくことができました。

 どこの病院に行っても、聞こえのことを理解してもらうのは一苦労もふた苦労もあると思います。医療従事者の個人差によっても対応が違います。身内に聴こえない方がいると接し方も違ってきますが、ほとんどそうではありません。耳マークを提示して聴こえには配慮が必要なことを自ら伝えることは自分を守るためにも必要なことです。くどいぐらい必要だと思います。

 医療過誤・医療ミスが多いことは、高度医療化が進み現場が忙しさに紛れているからです。医療者だけでなく患者自身も自らの安全を守る必要に駆られています。安全、安心な医療を受けるためにぜひ耳マークなど視認的に分かるものを使ってほしいと思います。医療従事者は超能力者ではありません。必要な配慮を申し出ていただくことが必要です。歩み寄って、お互いが理解し合う事ができる医療現場を作っていきたいと思っています。それが今の私に与えられた使命と感じています。

                                                orange.ns

 

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