「幸子」演劇公演台本掲載

11月21日(土)香川県で開かれる第21回全国中途失聴者・難聴者福祉大会の第二分科会において、難聴女性を主人公にした演劇公演「幸子」が上演されます。
少しでも内容を理解して頂ければと、台本をご覧いただけるようにしています。

「幸子」香川バージョン

登場人物

(会社関係 1幕、3幕)

村田幸子 (難聴の働く女性)
山田 (幸子の同僚、理解者)
井上 (幸子の同僚、いじめのボス)
久保 (幸子の同僚、いじめの中ボス)
松尾 (幸子の同僚、いじめの子分)

(大会関係 2幕)
田中 (パネラーA)
佐藤 (パネラーB)
中山 (パネラーC)
司会者

1幕

幕が開く 会社の事務所、電話をしている。

井上   はい、分かりました。それではお待ちしています。ありがとうございました。
(電話を切る)ふぅ~、やっぱり田宮さんが休んだら、忙しいわねぇ。
久保   田宮さん、一週間ほど休むそうよ
井上   えつ、一週間も休むの?
松尾   体調崩して、入院してるんだって
久保   最近、特に忙しかったからね。
松尾   社長も、もっと従業員増やしてくれたらいいのに
井上   それは無理ね、うちの会社儲かってないからねぇ
久保   それなのに、社長ときたら、毎晩接待って言って飲み歩いてるらしいじゃない
松尾   ほんとよね、もっと会社の事考えて欲しいわ
久保   最近、会社にも来てないじゃない
松尾   どうせ毎日二日酔いでしょ
井上   愚痴言っても仕方ないから、みんな仕事、仕事!
幸子   あの~、みなさん、今週の金曜日休ませてもらってもいいですか?
井上   はぁ~、あなた今の話聞いてなかったの?何言ってんのよ!
久保   そうよ、どうして休むのよ
幸子   土曜日から香川で、難聴者の全国大会があって、それに行きたいんです。
井上   難聴者の全国大会?この忙しい時期に、そんなの無理に決まってるでしょ。
幸子   でも、どうしても行きたいんです。
松尾   駄目よ、田宮さんも入院してるんだから、その上幸子さんにまで休まれたら、私たちが迷惑するじゃないの
久保   そうよ、幸子さんの分まで仕事するの嫌だわ、まぁ、たいした仕事はしていないけどね。
幸子   たいした仕事していない?それじゃ休んでも大丈夫ですよね。
井上   何言ってんの、そう言うことじゃないの。自分勝手なことをしないで!っていっるの。
久保   ほんと自分勝手なんだから。
幸子   一年に一回の全国大会に行く為に、一日だけお休みをもらうのが、そんなに自分勝手ですか?
井上   あなたでも、今の状況は分かるでしょ、田宮さんが入院して、ただでさえ忙しいときに、一年に一回だからって、休める訳ないでしょ。
松尾   耳が聞こえなくても、空気位は読めるでしょ
久保   私には有給休暇を取る権利があります!なんて、トンチンカンなこと言い出さないでね。
井上   見れば分かると思うけど、忙しいのよ、みんな必死なの。
幸子   でも、私行きたいんです。同じように苦しんでいる難聴者の皆さんのお話を聞いてみたいんです。お願いです、お休みさせて下さ い。
井上   苦しんでるってどう言うこと?それって、私たちが苦しめているって言ってるの?
松尾   そうよ、なによそれ。私たちが苦しめてるってこと?
幸子   そんなこと言ってません。
井上   そりゃそうよねぇ、どちらかと言えば私たちの方が苦しめられてるんだから。
幸子   どう言うことですか?私が皆さんを苦しめているって言うんですか?
久保   そうよ、分からない?
松尾   だから難聴者は困るのよ
幸子   どういうことでしょうか?私皆さんを苦しめたりしていません。
井上   もういいわ、さっ、皆さん仕事に戻りましょ
幸子   待って下さい。どうして私が苦しめているんですか?
井上   もういいって言ってるでしょ!
幸子   言いたいことあったら、言って下さい!
久保   この際だから、はっきり言った方がいいじゃない
松尾   そうよ、いつかは言わなければいけないことだしね。
幸子   どうして私が皆さんを苦しめているんですか?
井上   あなた、電話取らないでしょ
幸子   それは・・・、電話が聞こえないので、電話は取れません。
井上   ここには私たち4人いるの。一日80本の電話がかかってきたら、一人20回電話取るのが平等でしょ。
久保   あなたが電話取らないから、みんな26回も取ることになるのよ。
松尾   難聴者じゃ無くて、聞こえる人ならみんなの仕事が少なくなるの。
井上   それって、あなたに迷惑をかけられて、苦しめられてるってことでしょ。
幸子   でも、私はその分、他の仕事もしています。
久保   私たちもしてるわよ
松尾   電話番だけじゃないのよ私たちの仕事は
井上   他の仕事をしてるっていっても、最後まで自分一人で仕事できないじゃないの。
久保   結局どこかで私たちが助けてるんだから。
井上   それって結構迷惑なのよ、分かる?自分のペースで仕事している時に、あなたの仕事さされるの。
松尾   ほんとほんと、迷惑きわまりないわ。

久保   先日の事覚えてる?納品の商品で、大箱の中に小箱がいくつ入っているか分からないから、メーカーに問い合わせてお願いって来たでしょ。そんなのちょっと電話してメーカーに聞いたらいいじゃない。できないから私が聞いて教えてあげたけど、その時にしてた計算、また最初からやり直ししたんだからね。

松尾   分かる幸子さん、あなたがここにいること自体が、回りの人を苦しめることになっているのよ。
井上   難聴者が聞こえる人と一緒にいたら、難聴者が苦しいじゃ無いの。一緒にいる聞こえる人が苦しいの。
久保   そうよ、みんな優しいから我慢してるけどね。でも、我慢にも限界があるわ。
井上   言いたくは無いけど、幸子さんも私たちと同じようにお給料をもらっているんでしょ。私たちにしたら、そのお給料で、耳の聞こえる人を雇って欲しいわ。
松尾   何で社長も、こんな聞こえない人を雇ったりするのかしら?
久保   法律があるのよ法律が
松尾   でも、障がい者を雇っていない会社もあるじゃない。
久保   会社のイメージよ。障がい者を雇ってるいい会社ですって思われたいだけなのよ。
松尾   イメージの為に、私たち迷惑かけられてるってこと?
久保   そ、障がい者の受け入れを声高に言ってる時代だから、みんな嫌々障がい者を受け入れているのよ。
井上   本音を言えば、障がい者と一緒に仕事をしたいなんて思っている人は一人もいないわよ。
幸子   そんなことを言われたら、私たち難聴者が働くところが無くなってしまうじゃないですか
井上   働く? 馬鹿なことを言わないで。働けないから障がい者でしょ。
久保   働けないから、色々な優遇措置があるんでしょ。
井上   私たちと同じように働けるんなら、障がい者手帳も返して、優遇処置も受けないことね。
久保   それとも、お給料は同じようにもらって、優遇処置も受けたいと思っているの?
松尾   まぁ、図々しい。これだから障がい者は嫌われるのよ。

幸子   私たち障がい者は、普通に仕事をして、普通に暮らすことができないって言うんですか?
井上   そうよ、その通りよ。できないから障がい者の認定を受けるんでしょ。第一普通には仕事ができてないでしょ
久保   幸子さん、あなた自分では普通に仕事ができてると思ってるんだ
松尾   勘違いって言うより、呆れるね

久保   ねぇねぇみんな、このあいだ、こんなことを聞いたのよ
井上・松尾   何?
久保   私たち仕事をして税金を払っているでしょ
松尾   払ってる払ってる、結構取られるのよね。
久保   その税金って、何に使われてると思う?
松尾   それは、公共事業や私たちの暮らしを守るために使ってるんでしょ
井上   そうよねぇ
久保   でも、福祉に使ってる部分もたくさんあるらしいわよ。
井上   まぁ、これだけ高齢者がたくさんいる国だから、それも仕方が無いんじゃない。
松尾   私たちもいつかは歳を取るんだからね
久保    でも、障がい者福祉にもずいぶんな税金が使われているらしいのよ
松尾   えっ、それってどう言うことですか?
久保   障がい者の人には、障がい者年金って言うのが支払われているらしいのよ
井上   そうなの幸子さん?
幸子   ええ、全員じゃないですけど。障がいの時期や程度によっては、障がい者年金を受け取っておられる方もいますけど、それが何か?
松尾   ちょっと待って、それって私たちの税金でしょ
久保   そうなのよ、私たちから税金とって、それを使ってるの
松尾   それって私達が障がい者を養ってるってこと?
久保   そう。幸子さんみたいに仕事をしてお給料をもらってる人でも、障がい者年金はちゃんともらえるらしいわよ
井上   なんなのよそれ、なんで私が障がい者を養わなきゃならないのよ。そんな人にあげるくらいなら、税金を減らしてよ。
松尾   ほんと障がい者なんて要らないわね、迷惑しかかけないんだから。
久保   障がい者年金だけじゃ無いのよ、幸子さんも、色々な優遇措置を受けているはずよ。
井上   そうなの幸子さん。
幸子   それは制度としてあるから、もちろん利用していますけど。
井上   何があるのよ?
幸子   私は聴覚障がい者ですから、それに該当するものや、一般的なものなんか・・・・。
井上   具体的に言いなさいよ、何の恩恵を受けてるのよ。
幸子   具体的にって・・・、少しの障がい者年金とか、高速道路の料金半額とか、最近は補聴器の電池も支給され始めたけど。
井上   それ、どう言うことよ、私達と同じお給料もらって、私達の税金から恩恵を受けて。
松尾   そしたら私達よりお給料多いことになるじゃない。
久保   本当だ!何で仕事もできない障がい者が私達よりお給料高くなるのよ
井上   なんであんたを私達が養わなければならないのよ。ほんと腹立たしい。
松尾   障がい者なんかみんないなくなったらいいのよ、そうしたら税金安くなるんだから
久保   金曜日、絶対休んだらだめよ。それどころか、土曜日も日曜日も仕事しなさいよ!
井上   何言ってるの、一人で仕事できないんだから、だれかが土日に出てくるようになるわよ
松尾   それは嫌だわ
久保   ほんと障がい者は要らないわね
井上   あぁ、やだやだ。
幸子   それはあんまりじゃないですか!私達もなりたくて障がい者になってるんじゃないんですよ。
井上   当たり前よ、障がい者になりたいなんて人、一人もいないわよ。馬鹿みたいなこと言わないで。
久保   どうせ次は、「私達も同じ人間、同じ人権を持つ人間です」なんて言うんでしょ
井上   同じじゃ無いわよ、貴方たちは障がい者!百歩譲って同じ人権としても、同じ人間ではないでしょ。
松尾   私達の税金を使って恩恵を受けてるセレブでしょ。いいわねぇ~
井上   もうお願いだから、仕事止めてよ。障がい者年金で生活できるんでしょ、それで生活したらいいじゃない。
久保   そうよ、何も私達に迷惑をかけに来ることないでしょ。
井上   それとも何?私達に迷惑をかけるのが楽しいの?それが趣味?
幸子   そんなはずないでしょ!!たった一日お休みを下さいって言うだけで、なんでそこまで言われなければいけないんですか!
井上   ろくに仕事もできないあなたが、自分勝手なことを言うからでしょ
幸子   障がい者を差別している自分が恥かしくないんですか?
井上   恥かしい?恥ずかしいのは障がい者でしょ
久保   そうよ、その聞こえない耳が恥かしいんでしょ。
松尾   悔しかったら、聞こえる耳になりなさいよ。

山田   ただいま~
井上   あっ、山田さん。お帰りなさい。
松尾   山田さんお帰りなさい。ご苦労様でした。
山田   注文取ってきたから、さっちゃん処理お願いね・・・
(不穏な空気)あれ?どうしたの?
はぁ~ん、またみんなでさっちゃんのこといじめてたんでしょ、そうだろさっちゃん
井上   馬鹿なこと言わないでよ。
久保   そうよ、いじめてなんかいないわよ。
松尾   変なことおっしゃらないで下さい。
久保   ねぇねぇ、山田くん、幸子さんみたいな障がい者が、障がい者年金もらってるの知ってる?
山田   うん、知ってるよ
松尾   えっ、ご存じだったんですか?山田さんって何でもご存じなんですね
久保   何この子、気持ち悪い
山田   障がい者の人たちって、どうしても障がいのために就職が難しいでしょ。基本的な生活を守るためにも、年金制度は必要でしょ
久保   高速道路も半額になるそうよ
山田   そうだよ、それが何か?
久保   おかしいと思わない、同じように車運転して、どうして障がい者だけが半額になるのよ
山田   だって、体に障がいがある人が運転してるんだよ。長時間の運転には耐えられない人もいるかもしれないでしょ、それだったら高速道路で、ぴゅ~、楽でしょ。
松尾   そうですよねぇ、早くて楽ですわ
山田   毎回全額の支払いは負担が大きすぎるでしょ、だから半額。
松尾   無料でもいいくらいですわね。ホホホ・・・。
久保   何がホホホよ、ぶっ飛ばすよ!それから幸子さん、補聴器の電池、ただでもらってるって知ってる?
山田   うん、最近できた制度だよね、でもまだまだ少しの市町村レベルみたいだけど。
井上   なんでただでもらえるのよ。私なんか防犯ブザーの電池、毎回自分で買ってるのよ。
久保   使うこと無いと思うから、もう買わなくていいんじゃ無いの?
井上   それどう言うことよ。
山田   僕もそう思う、無駄使いですよ。
井上   うるさい!黙れ!
山田   はい、すみません。
松尾   山田さん、可哀想~
山田   皆さんも補聴器したらもらえますよ。
井上   そんなのしないわよ
山田   そうですよね、でもさっちゃんは皆さんとのコミュニケーションのために補聴器を付けてる。言い換えれば皆さんのために
補聴器を付けてるんですよ。その電池代までさっちゃんい負担さすのは酷じゃ~(リアクション)
松尾   山田さん、面白~い
井上   何なのそれ、たこ踊り? 補聴器付けてもコミュニケーションできないじゃないの!
山田   そうですよね、補聴器付けても十分ではありませんね。コミュニケーションには機械やお金ではまかなえない、何かがあると言うことでしょ
松尾   何があるのかしら?
山田   心かな、ハートですよハート
井上   馬鹿馬鹿しい!
久保   その上、この忙しいのに、金曜日に休みたいって言うのよ
山田   あぁ、全国大会の日ですね。行かせてあげたらいいじゃないですか。
井上   あんた、簡単に言うけど田宮さんも休んで大変なのよ
山田   さっちゃん一日くらい休んだって大丈夫でしょ。何だったら僕が手伝いましょうか?
松尾    えっ、手伝いに来て下さるの?でも山田さんにもお仕事がおありでしょ。
山田    ありますよ、でも工夫したら何とかなりますよ。
井上   駄目駄目、休むなんて絶対だめ!
山田   井上さん、身内の人が急に亡くなられても休まないの?
井上   縁起でも無いこと言わないで!
山田   久保さんは、太郎君が急に病気になっても休まないの?
久保   お婆ちゃんに看てもらうわよ
松尾   お婆様、体調悪いって言ってなかった?
山田   松尾さん、彼氏ができたら旅行とか行かないの?
松尾   彼氏だなんて、そんな方はいませんことよ。
山田   さっちゃんだから、お休みあげたくないだけじゃないの
井上   そんなこと無いわよ!
山田   難聴者のわがままを聞きたくないって思ってるだけなんでしょ
久保   太郎のクラス、インフルエンザが流行ってきてるのよね・・・、もうヒヤヒヤよ。
松尾   彼氏ができたら、一週間でも休んじゃうかも・・・。
山田   ほら、皆さんも休みたいって思ってるんでしょ。だったら、みんなでフォローしあって、休めるようにしたらいいじゃないですか
松尾   山田さん、お優しい方
井上   本当に、山田さん手伝いに来てくれるんでしょうね!
山田   はい、いいですよ
松尾   ほんと?手伝いに来て頂けるの?きゃ、うれしい。幸子さん3日休んでもいいですわよ
久保   ぶっ飛ばされたいのか?お前!
井上   じゃ仕方が無いわね、金曜日だけよ、一日だけよ!
幸子   ありがとうございます。
山田   良かったねさっちゃ
幸子   山田さん、ありがとうございます。さっ、頑張って仕事しなきゃ。ちょっと資料取ってきま~す。(幸子袖にはける)
井上   山田さん、あんた村田さんにちょっと甘いんじゃない?
久保   ほんとよ、ほんと。
山田   そんなことありませんよ。
松尾   山田さん、絶対に手伝いに来て下さいね。
山田   うん、来るよ。
松尾   山田さん、その日一緒にランチ行きません?、年より抜きで二人で?
井上   ぶっ飛ばすぞ、お前!
松尾   山田さん、怖~い
久保   お前のその性格の方が、百倍怖いわ!
山田   ごめんね、その日は先約があるから、また今度ね。
松尾   そんな~、行きましょうよ~。ねぇ山田さん~
山田   いやぁ~またね~(逃げる)
松尾   何で逃げるのよ~、何なら昼から休んでもいいのよ~、何なら、旅行行く~
(追いかける)
(あきれる井上・久保)
井上   何なのあれ、バカみたい、さぁ、お昼休みにしましょう。

暗転  幕

2幕 (ステージ上、パネルディスカッションの配置)

司会   長時間に渡りまして、この第2分科会は、女性の自立について話し合ってまいりました。
まだまだ難聴者には厳しい現実がたくさんあると思いますが、今日のお話を参考に、これからも頑張って頂きたいと思います。
それではここで、会場の皆さんでご意見のある方に発表をして頂きたいと思います。どなたかご意見は御座いませんか?

幸子   はい。
司会   今、手を挙げられた方どうぞ。そちらのマイクでご意見をお話し下さい。

(幸子登壇)

幸子   徳島から来ました、村田幸子と言います。今日のお話をお伺いして、私達一人一人が強い思いを持たなければいけないと言うことが良く分かりました。でも、職場での理解や配慮が得られない場合にはどのようにすれば良いのか、ぜひお伺いをしたいと思います。
司会 今のご意見について、どなたかお話を頂けますか?

田中  はい
司会   田中さん、お願いします。
田中   職場で理解が得られない・・・、本当にご苦労をされていると思います。そして皆さんが必ず遭遇する問題でもあると思います。
しかし残念ながら、特効薬のない問題ですね。出来ることとしたら、職場での理解者をひとりでも多く増やしていくことではないでしょうか。

司会   佐藤さんは如何ですか?
佐藤   私も同じような経験があります。理解や配慮というレベルではなく、もういじめに近い状況でした。
毎日会社に行くのが嫌でしたが、止めてしまうのはなんだか自分が負けてしまうような気がして、頑張りましたが、本当に苦しい毎日でした。
でも、自分に与えられた仕事を、きっちりとこなすことで、段々と会社で必要な存在になっていったと思います。その頃から、
周りの人達も、私への配慮を始めてくれだしたように思います。まずはできる仕事をきちっとすることが必要ではないかと思います。

司会   佐藤さんも同じような体験がおありでしたか・・・、山中さんは如何ですか?
山中   私は、周りの人への周知が必要と思います。周りの人達は難聴者のことなど、何も知らないと言っても過言ではないと思います。
どう接したらいいのかも分からないと思います。仕事を続けるなら、健聴者とのコミュニケーションは必要不可欠ですから、
コミュニケーションの方法は、難聴者自身が教えるしか無いと思います。
司会   村田さん如何でしょうか?今のパネラーの皆さんのご意見は参考になりましたか?

幸子   ありがとうございます。仕事を一生懸命しながら、支援者を探して、周りへの周知活動をすれば良いと理解しました。
でも、難聴者を受け入れる気持ちが無い人達に、私達難聴者の思いは届くのでしょうか?

司会   今の村田さんのご意見は、難聴者と共生する思いが無い人達への関わりをどうすれば良いのか?と言うご意見と思いますが、この辺りは田中さん如何でしょうか?

田中   難しい問題ですね。受け入れる気持ちの無い人に、如何に受け入れる気持ちを起こさせるか?と言うことですから。
でも、ひとつ思うことは、周りの人たち全員が、難聴者を嫌っているとは限らないと言うことです。私の経験からも、
支援者予備軍の方は周りにたくさんいます。先ずは村田さんが、「支援者を必要としている」、という思いを発信することが大切なんではないでしょうか?

司会   佐藤さんは如何ですか?
佐藤   村田さんにひとつ言えることは、難聴者はあなただけでは無いと言うことです。
あなたには、ここに集まってきている皆さんが応援してくれています。困った時には皆さんが相談にも乗ってくれると思います。
健聴者の世界で戦うには、仲間との連携を取りながら、情報を共有し、まずは自分が自立することが大切です。自分の生き方を輝かせ、人としての生き方を貫き、共生する世界をつくるリーダーになることが大切と思います。

司会   中山さんは如何ですか?
中山    周りの人達に、「自分の心の中にある差別心が自分らしさを殺している」と言うことを気付かせてあげることも、大切なことと思います。幸せな世界は、みんなが幸せにならなければ実現しません。難聴者や身体障がい者を嫌っている心のままでは、
本当の幸せな人にはなれないのです。そこに気づかせることができるのは私たちなのです、それは周りの人達を幸せにすることにもつながります。

司会   村田さん、パネラーの皆さんのご意見は如何でしたか?
幸子   ありがとうございます。でもそれは、理想ではありませんか?

田中   そうですね、理想かもしれません。しかし、理想を持たないで現実を生きても、仕方ないと思います。目指す社会が見えないままに生きることは、目的地を決めずに船出するのと同じです。それではいつまでたっても、迷走するしかないと思うのですが・・・。目的地にはなかなか到着しないとしても、目的地を明確にすることは大切なことです。

司会   なるほど、目的地が決まらなくては、行く方法も道筋も決まらないと言うことですね。
幸子   でも、私達難聴者が理想とする社会が、どのような社会なのかが分からない場合はどうすればいいのですか?

田中   それもまた難しい問題ですね。理想とする社会は人によってもさまざまと思いますからね。お金があって、遊んで暮らせる社会を理想と考える人もいれば、仕事をして評価されながら暮らすことが理想と考える人もいると思います。ただ、村田さんが理想とする社会の中に、村田さんが泣きながら生活をすると言うのは入っていないと思います。
今、あなたが苦しい思いをしているとすれば、それを取り除くことが、理想の社会へ近づく第一歩と言うことだけは言えると思うのです。

佐藤   昔、何かの本で読んだことがあります。長距離ランナーが、遠い先のゴールが見えなくてくじけそうになったとき、
すぐ先に見える電柱まで走ろう、そして電柱を通り越したら、また次の電柱まで・・・、それを繰り返したらゴールが見えて完走できる、と言った内容だったと思います。理想の社会が見えなくても、今の苦しい状況を一つ一つ解決していくことが、理想の社会へつながっていくことだと思います。

中山   要約筆記を定着させたり、耳マークの普及を行って来たことも、一つ一つ電柱を通り越したと言えるのではないでしょうか。
あなたの住む徳島県でも、公立の病院に、要約筆記者常駐への活動や要約筆記者派遣制度の周知活動が始まっていると聞いています。それは次の電柱と言えるのではありませんか。そして、その活動は、あなたの為だけではなく、次に生まれてくる難聴者の幸せへとつながっていくのです。

田中   もう少し別の言い方をすると、インクルーシブな社会が理想の社会と言えると思います。「インクルーシブ」とは、日本語で表現すれば、「包み込むような」とか「包摂(ほうせつ)的な」と言います。「インクルーシブ」は、「ソーシャル・インクルージョン」(社会的包摂)という言葉から来ていて、「あらゆる人が孤独になったり、排除されたりしない、人権が守られた社会の構成員として包み、支え合う社会」といった状態です。

反対の言葉から考えると分かりやすいかもしれませんね。「インクルーシブ」の反対は「エクスクルーシブ」と言って、排除的とか排他的という意味ですね。「一部の人を外へ追い出す」「のけものにする」ということです。私は、インクルーシブな社会が理想の社会と思います。

司会   それぞれのパネラーの皆さんのご意見は参考になりましたでしょうか?
幸子   最後にもう一つ、難聴者の自立とは具体的にどういうことなのか?教えて欲しいと思います。
司会   今日のテーマでもありますね。今の質問は如何でしょうか?まずは田中さん如何ですか?
田中   その前に、村田さんは自立について、どのようにお考えですか?
司会   村田さん、如何ですか?
幸子   はい、私は、難聴者の自立は、健聴者と同じように何でもできるようになることだと思います。聞こえにくいので、
努力は必要ですが、そこは工夫して、一人で何でもできるように頑張ることが自立した難聴者だと思っています。

司会   村田さんのご意見はこのようですが、田中さん、如何でしょうか?
田中   村田さんは頑張っておられるのですね。自立と聞けば、何もかも自分一人でできるイメージがありますが、しかしそれは間違いです。間違いと言うより出来ないと言った方が正しいかもしれませんね。私達難聴者は、いくら頑張っても聞こえるようにはなりません。無いものをねだっても仕方ありません。自立への道筋は、先ず障害を受容して、そして支援を受ける体制を整え、その中で自分自身の存在を確立させ、健常者との共生する社会を目指して行動することです。

佐藤   はい。
司会   佐藤さんどうぞ。
佐藤   私もそう思います。支援を受けると聞けば、自立していないと思われるかもしれませんが、そうではありません。自分の能力を発揮させるためにも、聞こえなくて困る部分は、理解できるように支援を受けなくてはなりませんね。
職場や地域において、積極的に情報保障を求めることは、自立へのスタートラインに立つということと思います。

司会   中山さんはいかがでしょうか?
中山   日本の政府においても、海外での外交には、通訳を同伴することは珍しくありませんね、これも情報保障のひとつです。
通訳を同伴したら、自立をしていないのでしょうか?そうではないと思います。外交する人の能力とは関係ないと思います。
難聴者も同じです。コミュニケーション能力には欠けるところはありますが、そこを補えば、能力を十分発揮することができる
はずです。聞こえの支援を躊躇して、能力を発揮できない状態こそが、自立できていない状態だと思うのです。

司会   大事な部分だと思いますので、まだご意見はありますか?田中さん如何ですか?

田中   職場で働く難聴者の自立は、職場での支援の体制を積極的に構築しながら、仕事の効率を高め、難聴者を含めた後進の指導にも積極的に参加をし、長期のビジョンを持ち仕事をする姿勢が、職場での自立と言えると思います。

佐藤   反対に自立できていないと言うことは、すべてにおいて、あきらめを含んでいる姿勢と思います。
どうせ聞こえないからできないとあきらめていることこそが、自立から遠のかせている要因です。聞こえが補えたら何でも
できると考えることです。そして聞こえない部分を積極的に支援してもらえば、良いのです。
中山   職場においては、健聴者の皆さんもすべて一人でやっているわけではありません。すべてがチームワークで動いています。
難聴者はこのチームワークにひと手間かかると言うだけです。
今、村田さんが急に聞こえるようになったと考えてみてください。そうしたらあなた自身は変わりますか?劇的なスキルアップした人間に変身できると思いますか?あなた自身は、聞こえても聞こえなくても同じなのです。そこに気が付くことも必要なことと思います。

司会   村田さん如何でしょう?
幸子   ありがとうございました。色々と勉強をさせて頂きました。今日は参加をして、本当に良かったと思います。
司会   村田さん、是非今日のご意見を参考にされて、これからも頑張って下さい。
終了の時間が参りました。本日はたくさんの方にお集まりを頂き、誠にありがとうございました。以上を持ちましてパネルディス
カッションを終了させて頂きます。パネラーの皆さんも、ありがとうございました。

(司会者、パネラー二人退席 田中が幸子に近寄ってくる)

田中   村田さん、今日は如何でしたか?
幸子   ありがとうございました。とても勉強になりました。
田中   そうですか、良かったですね。これからも色々な問題が出てくると思いますが、頑張って下さいね。
幸子   はい、今日は勇気をたくさんもらうことができました。これからも頑張りたいと思います。
田中   村田さんの後ろには、私達たくさんの味方がいることを忘れないで下さいね。
幸子   ありがとうございます。そう言って頂けるだけで、益々元気が出てきます。
田中   これからは、メールやラインを使って、連絡を取り合いましょうね。
幸子   はい、是非お願いします。今後ともご指導をお願いします。
田中   指導だなんてできないかもしれませんが、一緒に考えていきましょう。
幸子   今までは私一人だけと思っていましたが、今日参加して、こんなにたくさん仲間がいるんだって知りました。
田中   そうですよ、あなたは一人ではありませんよ。
幸子   はい、私は私のポジションで、自分の生き方を輝かせて、人としての生き方を貫いて行こうと思います。
田中   それが一番大切なことですね。村田さん、あなた、徳島県でリーダーになって難聴者の皆さんを引っ張っていってくれませんか?
幸子   そんなことできません、無理ですよ。
田中   大丈夫よ、あなたならきっと大丈夫だから、引き受けてもらえますか?
幸子   そうですね、どこまでできるのかは分かりませんが、これから生まれてくる難聴者の皆さんのためにも、頑張ってみようかし・・・
田中   そうですよ。あなたのような人が味方になってくれたら、徳島の難聴者もきっと心強いと思いますよ。
幸子   分かりました。今日、私が感動した思いを、徳島の皆さんにも届けたいと思います。これも私の自立の第一歩ですね。
田中   そうです。私達香川の難聴者と、これからもっともっと連携して、難聴者が理想とする社会の実現のために、頑張って行きましょう。
幸子   はい。私、今日、香川に来て、本当に良かったです。

暗転 幕

3幕
(会社の事務室 幸子と山田が一足先に出勤している)

山田   あれ~、あの書類どこに置いたかなぁ~、今日いるのになぁ~(書類を探してる)
なんだこれ?(引き出しの中に、大きな封筒、中身を出す。手紙)
(読む)
「金曜日はお手伝に来てくれてありがとうございました。
何だか山田さんは、難聴のことに興味があるみたいだから、この本、お礼です」
ふ~ん、難聴の本か・・・、「聞こえのハンドブック」「冬芽を想う」・・・
(パラパラめくりながら)
なんだか面白そうだな・・・

(幸子登場)

幸子   あっ、おはようございます、早いんですね。金曜日はお休みさせて頂いて、ありがとうございました。

山田   あっ、幸ちゃん、おはようございます。
幸子   あれ?どうしてその本持ってるんですか?
山田   ああこれ?松尾さんからのプレゼントみたい。
幸子   その本、とってもいい本なのよ。山田さんもぜひ読んでみて。
山田   へぇそうなんだ。
幸子   「聞こえのハンドブック」も「冬芽を想う」も難聴者の人たちが書いた本で、ぜひみんなにも読んで欲しいわ。
山田   難聴者の人たちが書いてるの?
幸子   そうよ、苦しい思いや理解して欲しい思い。難聴者の心の叫びが書かれてるのよ。
山田   分かった、じゃぁ後で読んでみるね。ところでさっちゃん、全国大会どうだったの?
幸子   ええ、すごく勉強になったわ
山田   へ~そうなんだ、良かったね。
幸子   うん。山田さん、インクルーシブな社会って言葉、聞いたことある?
山田   インクルーシブな社会?何それ?
幸子   私達難聴者が理想とする社会よ?
山田   へぇ~、それってどんな社会なの?
幸子   私達がのけ者にならなくて、全ての人を包み込み、支え合う社会かな
山田   いいねぇ。早くそんな日が来たらいいね
幸子   そうね・・・。ところで山田さんにも迷惑かけたんじゃない?
山田   迷惑って?
幸子   だって、私が休んだから、事務の手伝いに来てくれたんでしょ。
山田   うん、でも全然迷惑だなんて思っていないよ。同じ会社なんだから、誰かが困ったら誰かが助ける。そんなの当然でしょ
幸子   ありがとう、みんなが山田さんみたいなら、インクルーシブな社会も直ぐに来るのにね・・・まだまだなのよ。
山田   難聴のこと?
幸子   そう、みんな分かってくれないからね・・・
山田   僕だって難聴のことなんて、全然分からないよ
幸子   でも、随分助かってるのよ
山田   そう?、職場の仲間として普通に考えたことをしているだけだけどなぁ
幸子   その普通が、難聴者の私にはしてもらえないのよ
山田   そんなことないでしょ
幸子   でも、そう感じるわ
山田   難聴者の人たちも、もっとはっきり言った方がいいと思うよ
幸子   何を?
山田   サポートの仕方さ
幸子   言ってるわよ
山田   筆談して!でしょ・・・、あれ困るんだよね
幸子   何が困るの? 聞こえないんだから、筆談してもらわなきゃ私が困るのよ
山田   違うんだよ、何を筆談したらいいのかが分からないから困るんだよ
幸子   言ってることを書いてくれたらいいじゃないの
山田   話を全部書くの?ポイントだけ?文章みたいに筆談するの?
幸子   ええっ、そんなこと言われても困るわよ
山田   さっちゃんが困ってるのに、僕たちが何をしたらいいのか分からないでしょ。
幸子   そんなこと言われても・・・
山田   話を全部書いて、って言われたら書けるし、ポイントだけ書いてって言われても対応できるけど、筆談してって言われても、何を書いていいのか分からないんだよね
幸子   そんなこと考えてもみなかったわ
山田   僕たちにしてみたら、もっと具体的に言ってほしいだよ。そうしたらサポートしてくれる人っていっぱいいると思うんだよね。
幸子   支援者予備軍・・・・
山田   支援者予備軍?何なのそれ?
幸子   大会でね、支援者予備軍は案外身の回りにたくさんいるっていうお話を聞いたの
山田   そうだよ、する気持ちはあっても、することが分からない僕みたいな人は沢山いるよ
幸子   でも、私にしてみたら、これをこういう風にして!なんて言うのなかなか言えないわ
山田   筆談してもらいたくないの?
幸子   してもらいたいわよ
山田   だったら、具体的に教えてよ。最初の一歩が踏み出せたら、僕たちも、二回目からは楽にできるんだから
幸子   最初の一歩?
山田   そうだよ、支援する側、される側の、コミュニケーションの第一歩だよ。
幸子   コミュニケーションの第一歩・・・
山田   人は関わりの中から、理解し合えるものじゃないか。
幸子   そうね、確かにそうかもしれないわね。ねぇねぇ、それからね、私、徳島で難聴者のリーダーにならないかって言われたのよ
山田   すごいじゃないかさっちゃん、ぜひやればいいよ
幸子   そうかなぁ、私にできるかなぁ
山田   さっちゃんならできるよ、というより出来る範囲でやったらいいんじゃないの
幸子   そうね、何も無理してやることでもないしね
山田   そうだよ、同じ難聴の幸ちゃんと出会うだけでも、心強くなれる難聴者はきっといるよ
幸子   そうね、じゃぁ頑張ってみるわ
山田   頑張ってね

(幸子、山田 それぞれに自分の仕事につこうとしている。)

井上   あら、村田さん
幸子   おはようございます、金曜日はありがとうございました。
井上   本当に好き勝手してくれるわね
久保   ほんとよね、この忙しい時に勝手に休むなんて。
松尾   もう勝手な真似はしないでね村田さん
幸子   でも、山田さんが手伝いに来てくれたと思うんですけど
久保   来てくれたわよ、でも直ぐにできるほど私達の仕事は簡単じゃ無いの
井上   その上、松尾さんたら、山田さんが来たらそわそわしちゃって、仕事にならないんだから
松尾   そんなこと無いですよ、何言ってるんですか井上さん
久保   いいや、そわそわどきどきしてたわ、ねぇ山田さん
山田   知りませんよ、そんなこと
井上   そんなことどうでもいいわ!もう勝手な真似はしないでね、分かった!
幸子    ・・・
井上   返事がないってどう言うこと
久保   分かったの村田さん
松尾   何とか言えよ! あっ、何とかおっしゃって
山田   普段の松尾さんでいいですよ。
久保   ばればれなんだから
幸子   いいえ、私に休みが必要なときは、これからもお休みをいただきます。
井上   まぁ、なんなのそれ!
久保   何言ってるのよあなた
松尾   そんなわがままが許されるわけないでしょ
井上   全国大会で、何か言われてきたの。難聴者は職場でわがまま好き放題にしろとか
久保   そんなこと言われたの
松尾   最悪な大会
幸子   何バカなこと言ってるんですか、そんなはずなことないでしょ、その反対ですよ。
松尾   反対って何よ
幸子   皆さんが幸せになれるように、色々と教えてあげるようにと言われました
久保   あんた、馬鹿にしてるの?それとも朝からケンカ売ってるの?
井上   何で不幸な難聴者に、私たちの幸せを考えてもらわなきゃいけないのよ
久保   ほんとよほんと、馬鹿みたい
井上   私達のことより自分の心配をしたらどうなの、大きなお世話よ!
幸子   そうしたいけど、私は幸せになりたいから、あなた達のことも考えてるの
松尾   訳わかんないわ
久保   耳だけでなく、頭もおかしくなったんじゃない
幸子   障がい者と共生をする社会を目指した事のないあなた達には分からないだけのことよ
井上   何で障がい者と共生しなきゃいけないのよ、排除したいんだから
幸子   あなた達は、障がい者を排除する人間になりたいの?障がい者に優しくできる人間になりたくないの?難聴者を馬鹿にして、のけ者にする人間になりたいの?
久保   そこまでは言ってないでしょ・・・
幸子   そんな人間が、他の人から優しくされると思う?人として受け入れられると思う?え!どうなの?言ってみなさいよ。
松尾   それは・・・・
幸子    人には優しくしなさいって、学校の先生から教わっていないの?小学生でも知ってるわよ。
弱い人は助けてあげなさいって、親から教わってこなかったの?私達難聴者は弱い立場なのよ、その弱い難聴者を助けられないの?
山田   今のさっちゃんは、めっちゃ強いけどなぁ
幸子   うるさい!黙ってなさい!
山田   はい、すみません。
松尾   山田さん可哀想
久保   私達、村田さんにも優しくしているわ
松尾   そうよそうよ
幸子   優しくしてる・・・・、私の耳が聞こえにくいの知ってるでしょ。それなのにあなた達は平気で後ろから話しかけてくる、
筆談を頼んだら嫌な顔をする、聞き返したら文句を言う・・・難聴者の事を理解しようと思っていないでしょ!
難聴者のことなんて、どうせめんどくさいとしか思ってないんでしょ
久保   そんなことはないわよ
幸子   そう、それだったらこれから私が頼んだこと、嫌な顔をせずにみんなやってくれるって言うの?
久保   それは・・・・
幸子   それ見なさい、難聴者に優しくないあなたが、素晴らし人間だと思う?障がい者に優しくないあなたが幸せになれると思う。
山田   さっちゃんどうしたんだよ?いつもの君らしくないよ?
幸子   いつもの私って何よ?みんなの顔色を伺いながら、びくびくしているのが私らしいとでも思ってるの?
井上   なによ!何逆切れしてるのよ!
幸子   逆切れしてるのはあなたでしょ!
幸子   私はもうこれから、自分の思ったことは我慢せずにはっきり言うことにするから!みんなもそう思ってちょうだい!
(自分の仕事につく)

井上   何よあの態度!難聴者のくせして!
久保   本当よいつも仕事手伝ってあげてるのに!
松尾   全国大会で何があったのかしら・・・
井上   知らないわよそんなこと
松尾   でも、さっきの一言、ちょっと痛かったな
井上   なによ?
松尾   弱い人は助けてあげなさいって、親から教わってこなかったの?って言われたでしょ
久保   あぁあれね
松尾   いっつも言われてたのよね、小さい時。少し位自分が我慢しても、人の為にできる優しい人に育ってってねって・・・
いつの間にか傷つける側になってたみたい
井上   そんなこと無いわよ、迷惑かけられてるのはこっちよ
久保   村田さんも、難聴になりたくて、難聴になったんじゃないのよね
松尾   本当は一番苦しいのは村田さんなんだよね
井上   なによ、なに二人ともいい子ちゃんぶってんのよ
久保   でも、苦しんでる人を助けてないのは本当かもね
松尾   優しいとは言えないね
久保   優しくないあなたが幸せになれると思う?って言われたとき、ドキッとしちゃった
松尾   そうなのよ私も

(幸子が近づいてくる)

井上   何なのよ!まだ文句があるの!
幸子   あの・・・、すみません。さっきはちょっと言い過ぎました。ごめんなさい。
井上   はぁ~、さんざん文句言っておいて、今度は誤りに来るの。それが作戦?、そんなことまで全国大会では教えてくれるの
久保   井上さん、何もそこまで・・・
井上   何よ、あなた達もさんざん馬鹿にされたのよ
幸子   馬鹿にだなんて・・・私はただ、皆さんに難聴者の事を理解してもらいたいだけなんです。
松尾   難聴者の理解?
幸子   そう。たしかに私達は、聞こえにくいから、皆さんと同じように動けないかもしれませんが、それさえサポートしてもらえたら、皆さんと同じなんです。

久保   まぁ、村田さんがしている仕事は、ミスも無くて私達と同じと思うけど
山田   久保さんの方がミスが多いんじゃない?
久保    うるさいわね!黙ってらっしゃい!
山田   はい、すみません。
松尾   山田さん可哀想
幸子   聞こえにくいから、そこはサポートをお願いするしか仕方ないの。煩わしいかもしれませんが、それが難聴者を受け入れると言うことなんです。
松尾   難聴者を受け入れる?
幸子   そう、私を一人の人間として受け入れると言うことです。
久保   私達だって、誰でも受け入れて仲良くなんかしていないわよ。嫌な人もいるわ
幸子   難聴者の中にも、素晴らしい人もいれば、そうでない人もいる。でもこれは健常者の皆さんでも同じでしょ
久保   そりゃ、人はたくさんいるんだから、いい人も悪い人もいるわよね
松尾   そうね、悪い人とは付き合いたくはないけ
山田   僕なんか営業だから、毎日たくさんの人と出会うけど、自然といい人か悪い人か見定めて、悪い人とは関わらないようにしているよ
久保   そんなの当たり前でしょ
幸子   でも私達は、そのいい人か悪い人かを見定める土俵にも上げてもらえないのよ。
松尾   どういうこと?
幸子   難聴者と言うだけで、関わりを持つことから排除されるってこと。
山田   幸ちゃんの人間性なんか無視して、難聴者だから初めから無視ってことか・・・
幸子   そう、あなた達の周りには聞こえる人がたくさんいるから、難聴者を無視しても気にもならないと思うけど、
私の周りは聞こえる人ばかりで、無視され続けることになるの、この疎外感が分かる?
山田   毎日外国で暮らしてるみたいだなぁ
松尾   毎日外国で暮らしってるって、ちょっとロマンティックじゃない?ねぇねぇ、そう思わない?
井上   あんた、間違いなく悪い人間か馬鹿な人間の分類やね。
松尾   そんなぁ・・・・
幸子   私が本当に悪い人間なら、皆さんから疎外されても仕方ないと思うけど、関わりを持たないから、それさえも分かってもらえないでしょ。
久保   確かに今は、仕事で必要最小限の関わりしか持っていないわね
幸子   何も私に、特別ちやほやかまってほしいって言ってるわけじゃないの。皆さんと同じようして欲しいだけ
山田   同じようにって言うのは、同じようにコミュニケーションをとるっていうことだよね。
幸子   そう。みんなが聞いてることは私も聞きたいし、みんなで笑っているときは私も笑いたい、そんな普通のことを望むことが、私のわがまま?いけないこと?
山田   そんなことないよ。それって誰だった望む普通のことだよ。
松尾   私なんていつでも誰かとつながってなきゃ不安になるわ
久保   まぁそうね、一人では生きていけないわね
山田   聞こえにくい幸ちゃんには、それが筆談なんだね。僕たちの声が筆談なんだね。
幸子   そう
松尾   筆談しないってことは、私達にしてみたら、声もかけないし返事もしないってことなのね
久保   もしも会社で、声もかけられない、返事もしなかったら、仕事なんてできないわ
山田   そっちの方が静かで良かったりして・・・。
井上   うるさい!だまってろ!
山田   はい、すみません。
松尾   山田さん、可哀想
久保   ほんと、ちょくちょくいらないこと言うんだから、なんて人!
山田   あっ、僕山田です!
井上   ぶっ飛ばされたいのか!くだらんテレビ見るな!
久保   吉本かよ
松尾   駄目よ、ダメダメ!
久保   エレキテル連合?何よ急に!
松尾   だって考えてみて、毎日会社に来て、誰からも話しかけられないんだよ。こっちから話しかけても、返事もしてもらえないんだよ。そんなの耐えれる?
久保   そうだよね。なんだか自分の存在が無いって感じだよね。
松尾   ねぇねぇ、井上さんもそう思わない?
井上   ・・・・
山田   幸ちゃんに筆談してコミュニケーションをとらないって言うのは、幸ちゃんを好きとか嫌いとか言う前に、
人として見ていないっていうことじゃないのかなぁ
久保   人として見ないで無視・・・、それどころか欠点ばかり見てる?
松尾   助けるどころか、困らせてる・・・お母さんに怒られそう
山田   コミュニケーションが取れたら、もっと仕事もしてもらえるはず
松尾   そうよ、村田さんの持ってる力を、もっともっと発揮してもらえるかも
久保 そうしたら、新しい人入れなくても仕事もはかどるかも
(山田メモを始める)
松尾   それってもしかした社長の作戦?
久保   何よ作戦って
松尾   障がいを持っている人でも、私たちが上手にサポートできたら、どんな人が入社してきても戦力に育てることができるって考えてたのかも。
久保   ないない、それは無い、絶対にありえないわ
井上   あの社長よ!毎晩酒飲んでるか、船に行ってランチしてるだけの
久保   そうよ、沖にも出ない船に乗って、沖は危ない、そうなん(遭難)です~って言ってるだけよ
(全員笑い)
松尾   えっっ、何で村田さん笑ってるの?
幸子   だって、山田さんが・・・(書くふりをしながらメモを指さす)
久保   村田さんも笑うんだ・・
幸子   何よそれ、私だって可笑しい時には笑いますよ
松尾   私なんだかこの雰囲気好きだなぁ、みんなで笑い合えるのって結構いいよね。
久保   ほんとだね、井上さんもそう思わない?
井上   ん・・・、まぁ、それで全国大会で何を聞いてきたのよ
幸子   大会はね、難聴者の自立がテーマだったの
久保   難聴者がもっとしっかりしなさいって話し?
幸子   違うのよ。難聴者の自立は、周りの人のサポートを受けながら、自分の生き方を輝かせること、そして、サポートをしてくれる人と共に喜び合うことなのよ
松尾   難しくてよく分からな~い
久保   大判焼きでも食べてろ!
松尾   えっ?有るの?
幸子   幸子シリーズ見てね
山田   さっちゃんの耳はいくら頑張っても聞こえるようにはならないんだから、そこはサポートを受ければいいってことだよね。
幸子   そう
山田   必要なサポートを受けながら、会社でも社会でも必要な人に自己成長する・・・
幸子   そう
山田   そして、サポートしてくれる人にも、人権が守れる優しい人と気付いてもらう・・・
幸子   そう
山田   そして、みんなで幸せな社会をつくる・・・・
幸子   そう、それが共生する社会!、それに向かって立ち上がるのが、私達の自立なのよ
久保   なんかいいよそれ
松尾   みんなが優しくなれそう~
井上   何言ってんの、そんなに簡単に共生する社会なんて来やしないわよ
山田   そうかもしれないけど、やってみなきゃぁ分からないでしょ
松尾   そうよねぇ
久保   大きな社会では難しいけど、まずは社内だけならできるんじゃない
松尾   うんうん。まずはうちの会社が共生できる会社になったら素敵~
井上   あなた達ね、何村田さんに乗せられてるのよ
松尾   井上さんはそんな会社になったら素敵と思わないの?
井上   そんなことは無いけど・・・・
山田   そうだよ、みんなで頑張ってみようよ、ねぇ井上さん
井上   めんどくさいなぁ、ほんとに・・・
久保   村田さんに、もっと仕事してもらおうよ
井上   仕方ないわね・・・、ちょっと試すだけよ
幸子   皆さん、ありがとうございます。
井上   明日、筆談ボート買ってらっしゃい
松尾   筆談ボードですか?
井上   そうよ、必要でしょ
松尾   分かりました、それでいくつ買ってきたらいいですか?
井上   四つに決まってるでしょ
山田   (人数を数えて)僕の分は?
井上   そんなの自分で買いなさい
山田   そんな~
久保   山田さん、可哀想~
松尾   それ、私の台詞~
井上   仕方ないわね、じゃ5つ
松尾   はい
山田   さっちゃん良かったね
幸子   うん。 ありがとう山田さん、それから皆さんもありがとうございます。・・・
松尾   お母さんに怒られなくてすむ~
久保   でも山田さん、その汚い字、何とかならないの?
松尾   (覗き込みながら) 地獄からはい出してきたみたいな字じゃ~
井上   全然読めんわ!
(全員で笑い)

幸子   (皆を見渡しながら確信を持つ)  今日が私の自立記念日だわ

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