第23回 要約筆記者に思う

妻と2人で海外へ旅行してきました。海外と言うには余りにも近い国、韓国への旅行です。考えてみれば二人きりで旅行に出かけるのは、遙か昔の新婚旅行以来のような気がします。

当時はまだ妻も聞こえには問題が無く、特に不自由な事はありませんでしたが、今回の2人の旅行は、難聴者同伴と言えば良いのか、素人要約筆記者同伴の旅行と表現すれば良いのか、当時の状況とは少し違った内容の二人旅となりました。

どうせ外国で、言葉は通じないのだから、聞こえる聞こえないは差ほど大きな問題ではないだろうと私は考えていました。

韓国に着き、日本語の上手なガイドさんが同行してくれるので、私は特に大きな不安も無く旅行が出来るのだろうと感じていました。妻も私が一緒にいるので、特に大きな不安を感じてはいなかったと思います。

 しかし、その後二人に大きな異変が起きる事となったのです。(ジャ、ジャ、ジャ、ジャァ~ン・・・火曜サスペンスドラマ風)

 終日ガイドさんが同行をしてくれ、名所旧跡、有名観光地、韓流ブームとなった映画やドラマの撮影現場、ナイトクルージング、更に念の入れようとも思える、人気ドラマのロケに使われたホテルでの宿泊・・・・、初めての韓国旅行にしては盛り沢山の内容でした。

 その行程を進む中で、何度となく「今何言ったん?」と聞こえなかった事への質問があります。これはもちろん当然の事で、日ごろの日常生活の中でも良くある事なので問題はありません。

 筆談器を駆使して、下手な要約筆記で対応します。「そうなの、分かった分かった」特に問題もなく、次へと時間が流れていきます。

 もともと仕事の関係もあり、私達は長時間会話をする事はありません。本当に今回の旅行で24時間ずっと一緒にいた事は、新婚一週間以来の珍事です。

珍事には発見があるのですねぇ~。

「今何言ったん?」攻撃に法則があることを発見したのです。「今の事は聞き返して来るだろうなぁ~」と思って、何て要約しようか?と考えていても、聞き返してこない!・・・・なんで?・・あっつ!聞き返してきた!・・・・。

 大発見、「ちょっと聞こえて、大事そうな所」だけ聞き返してきて、「大事だけど聞こえていない所」は聞き返してこない事を知りました。
 聞こえていないのだから、聞き返してこれないのは当然と言えば当然ですが。

 私は今までに二十数回中国へ行っています。最初はもちろん全然中国語が分からず、苦労しました。中国人は人懐っこい性格の人が多く、次から次へと話かけてくれます。全く分からない中国語で言われてもなすすべがありません。・・・・ただ笑っているだけです。

 うなずいて笑ったら、益々話をしてくれます。空しく苦しい思いだけが残りました。
そこで一念発起、中国語の勉強に取り組み、その後は段々と状況好転(超来超好)、会話ができるようになり、楽しい旅行を送れるようになりました。

 しかし、難聴者の方は一念発起しても聞こえるようにはなりません。どんだけ頑張ってみても聞こえるようにはならないのです。

誰が難聴者の聞こえをカバーしてくれるのでしょうか、妻の聞こえをカバーしてくれるのでしょうか、それもグレードの高いカバーを!

難聴者の方は、思い込みの理解及び推測の理解が非常に多いと思います。「一を聞いて十を知る」という言葉がありますが、難聴者は「一を聞いて十を推測」と言った感じがします。

「何も言わなくってもあなたの言いたい事は解る」「以心伝心」「俺の目を見ろ何も言うな!」・・恋愛機関の戯言です!!(笑)

現実の難聴者の方の憶測は正解率50%位のような気もします。(もちろん難聴の程度によりますが)

そこで、難聴者の皆さんに正しい情報を伝える役割として、要約筆記者の方々がいます。今後彼ら(彼女ら)に期待される部分は、非常に大きなウエイトを占めているように思います。また、そうでなければ難聴者に優しい社会が来ないと考えます。

 要約筆記者の皆さんは、自分が聞こえた内容を要約して情報保障してくれます。これは当然の事です。

 しかし、その要約をした内容を見る難聴者の見方に、差異があることを発見したのです。
ちょうど私が、中国語で質問をした時、中国人が私の勉強した通りの答えを返してくれたら聞き取れるのに、違うパターンで返事を返されると分かりづらいのと同じです。

 難聴者が、十分聞き取れなかった部分を要約筆記して頂き、見て理解するのと、全く聞き取れなかったのを要約筆記者が要約した物をみるのでは、理解するスピードに大きな差異が生まれてくると思うのです。
時にはスクロールの為、理解しないうちに終わってしまう事も無いとは限りません。

 難聴者は一人ひとりみんな聞こえに差異があり、同じ事例でも要約(表現)の方法により、理解するスピードと情報量が違います。
 そして難聴者と要約筆記者がお互いに理解し合えた時には、文字を超えた要約のツールが存在する事をぜひ理解して頂きたいと思います。

「今回の旅行で、スーパー要約筆記を見に付けました」と掲示板に書き込みしましたが、よくよく考えてみればお互いの表現パターンの理解だったのでしょうか・・・?

「ひと」と書けば、「人がいっぱいね」・・・、「り」と書けば「料理が美味しい」・・・、「にし」と書けば「西の夕焼けが綺麗ね」・・・、「て」と書けば「手をつないで」!!

 これが、お互いの理解が出来たスーパー要約筆記でした。
やはりお互いに理解する事が、最も大切な事だと感じさせられた旅でした。

んっ?・・・・「ひと」 「り」 「にし」 「て」・・・・・そんなあほなぁ(泣)   Fe

 

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